【第159回直木賞受賞】島本理生『ファーストラヴ』ダイレクトじゃない暴力を、ギリギリの描写で

f:id:selfinovation:20180930120207p:plain

 

books.bunshun.jp

 

 「家族」という名の迷宮を描く傑作長篇。

 

 

先日、直木賞を受賞した「ファーストラヴ」の著者島本理生さんに

フォーカスして書こうと思う。

 

 

 ファーストラヴあらすじ

 夏の日の夕方、多摩川沿いを血まみれで歩いていた女子大生・聖山環菜が逮捕された。彼女は父親の勤務先である美術学校に立ち寄り、あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺した。環菜は就職活動の最中で、その面接の帰りに凶行に及んだのだった。環菜の美貌も相まって、この事件はマスコミで大きく取り上げられた。なぜ彼女は父親を殺さなければならなかったのか?


臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねることになる。そこから浮かび上がってくる、環菜の過去とは? 「家族」という名の迷宮を描く傑作長篇。

 まずは、受賞後のインタビューから。

bunshun.jp

 

 

――環菜の過去に何があったのかは、最初から決まっていたのですか。

島本 実は最初の構想は、主人公の初恋の男の人が少女誘拐殺人事件か何かで突然逮捕され、でも否認していて、というものでした。主人公にもトラウマ的なものがあって、初恋の人をかばうかどうか葛藤する話でした。

 でも『夏の裁断』を書いてみて、恋愛しているんだか傷つけられているんだかよく分からない関係を書くのは、ここで1回やめようと思いました。それよりも傷ついた女の子というものを、もっと大人の視点から救う話にしようと考え、そこで一気に切り替わりました。

 

島本 この小説って、正しい初恋って一個も出てこないんですよね。むしろ初恋だと思っていたものは本当に初恋だったのか、という。本当はちょっと別のものだったかもしれないし、実は傷つけられたのに、それを見ないふりをしているのかもしれない。そうした逆説的な意味をこめてこのタイトルにしました。

 

 島本 『ファーストラヴ』でも描いたことですが、たとえば親への怒りや悲しみを無理やり押し込めている人って、その憎悪が恋人とか友達とか、あるいは仕事相手などの第三者に飛び火してしまうことがあるじゃないですか。

 

 結果、周囲からは「あの人怖い」と距離を置かれたり、なにより本人が生きづらくなってしまう。そんな自分の心の状態を把握して整理していくことで、誤解や辛さも減るかなと。そのために、カウンセリングに気軽に行ける世の中になればいいなと思っているんです。

 

星野 環菜が迦葉について「あの人男メンヘラですよね」と言って、由紀に「そんな言葉は使っちゃいけない」と諭される場面ですね。僕はここを読んだ時、「いいぞ」って思いました。僕は「メンヘラ」という言葉がすごく苦手なんですよ。その言葉が何を指しているかわからないから。


それはともかく、迦葉のように何らかの愛情の枯渇とか十分な愛着をはぐくんでこれなかったゆえの不安定さとか、相手を振り回すことによって自分の心を安定させる心の構造を持った男の人は全然いると思います。

 

島本 とくに人にかかわることが単純化されすぎるって、どうなのかな、と思います。小説の中でも悪い登場人物を書くとき、できるだけ一面的に書かないようにと気を付けていました。

 

いかにもわかりやすい「悪」ってそんなにいない。むしろ、自分のすぐ隣にいて普通にコミュニケーションを取れるんだけど、よくよく話してみると「あれ、この人なんか変だぞ」みたいな。無自覚だけどいつの間にか加害者になることもある、という危うさを描きたいと思っていました。